回想

最近は無線で、熊の目撃情報がないから、無事冬眠したのかしら?

ここ最近は暖かいから…まだきっと眠れないよねぇ。お腹もイッパイにならないとねぇ。

だいたいにおいてどこで冬眠するのかな?

先月初めあたり珍しく猿の群れが出没していたけれども…いなくなったな。どこに行ったのだろうか?

昨日はカモシカが私をじっと見詰めていた…私も、負けじと見詰めた(ФωФ)

良く見ると、なんだかとっても白くてふわふわしている。お顔も可愛いい。

猿と見詰め合うときは、お互いを牽制し会う(`_´メ)猿は農作物を全部食べてしまうからね。追い払わなければならない。

向こうが、噛みつく仕草をするから、私は石を投げるふりをする。もしくは、投げる。恐怖の瞬間だ!

柏屋の先代は、私にパチンコを使って石を猿にぶつけるように指導してきた。「すみませんが、私は嫁なのです。か弱い、女性なのです。息子さんに指導してください。」と何度言おうと思ったか!いや、私だから言ったと思う。

言ったところで聞こえない振りだ((T_T))

だいいち、操作法が原始的で難しくて、石など飛ばせない。手で投げた方がはやいのでは?御自身でも操作できていない感じだったが?

次は、爆竹の指導を受けるのではないかとハラハラしたものだ。

なぜ?なぜ私に何もかも指導する!!?

今の時代ならば、完全にパワハラです。

あ、なんの話でしたか?カモシカの話でしたね。

私って、頭が連想ゲームのようになってしまうのです困

それにしても、あのパチンコはどこにいってしまったのだろう?

もう、とっくにゴムが劣化しているだろうな。

そもそも、20年以上前の話だから笑


己に克つ

裏山トレーニングを続けています。

最初は全行程をウォーキングしていましたが、今は下り坂と登り150メートルほどをランニングする毎日になりました。

そんな話をすると「なにかの大会にでるの?」なんて聞かれますが、滅相もない!

順位なんかつけられたくもないし、一位になりたいと思ったことなどない私。

競うことは大嫌い、誰かに勝ったとしても喜びなど見出だせないです。

富岡東高校陸上部の応援団幕には「己に克て」とひとことだけ大きく書かれていました。

今、やっとその事を実現しようと思っているところ。

今までは苦しさのなかで己と戦ってきましたが、楽に少しずつ己に克って全行程をランニング出来るようにトレーニングしているだけなのです。

昔、辛くて諦めた事や果たせなかった事も歳を重ねた今ならできるかもしれない。

やっぱり、近道はないけれど…回り道はあるのだと云うことを自分で納得したいのです。

「次の電柱まで」を重ねて行けば全行程をウォーキングからランニングできるようになるのだから凄いですよね。

積み重ねて行くこと…崩れてもまた積み重ねれば良いのです。

 


English

私の小さい頃は、外国人を見かけることは稀で、教会や日曜学校で見ることはあったかもしれないが…記憶にはない。

中学から英語の授業はあったが、英語の先生も、お歳を召していて、ネイティブとは程遠い発音。

文法から教わるので、会話まで行かない。実際に会話する事もない。外人も見たことがないんだから笑

20年以上前の柏屋旅館にも、ひとり旅の外人さんが訪れてくれた事があり、御膳をお出しするときに説明して差し上げようと和英辞典を片手に烏賊の刺身だとかなんだとか必死に調べて接待した。

メモ紙(広告の裏を使うように義父母に指示されていた)に、聞かれたら答えようと、いくつもの例文を書いて挑んだ。

その時の事をよく覚えているのだから本当に稀な事だった。

私のつたない英語を良く聞いてくれて、喜んでくださった、青い目の金髪のスマートな男性を鮮明に覚えている。

その頃、主人と共にNOVA のお茶の間留学で勉強した。

主人がインバウンド対策の為だと言うから、嫌いな英語も子育てと仕事の合間に必死で頑張った。

今や、柏屋旅館には様々な国のお客様がいらっしゃっておりますが…。

しかし、私に英語は、身につきませんでした。

最近では、日本語も思い出せなくなってしまいました。

あの努力は、なんだったのだろうか?

途中でNOVA失くなっちゃうし( TДT)

 

 


Elevenさえも…

エレベーターに外国の方が乗ってこられたので、「何階ですか?」と英語で聞いたのは良かったのですが…「Eleven」と言われて、こんな簡単な事が解らなくなってしまいました。

最近、脳がこんな感じなのです。

老いと云う感じではないし、記憶も曖昧でなんだか怖いです。

大丈夫なのでしょうか?不安です( ノД`)…


設え

あらあら、もう12月だわ(;´_ゝ`)

クリスマスの飾り付けをしなくては!

子供たちも大人になってしまった今では、クリスマスのパーティーなどもするわけではないのだけれど、インテリアを季節ごと変えるのは、どんな忙しい時でも続けてきたこと。

私にとって設えは、大事なこと。

設えを変えるのは、お料理と同じくらい楽しいし、好きな事であります(^-^)v

子供が小さい頃は「保育園や学校から帰ってきたら喜ぶだろうなぁ」とただそれだけを考えてハロウィーンやクリスマスの模様替えをした。

ツリーを飾るのは、子供たちの仕事だったの(*´ー`*)

仕事から帰ると綺麗に飾り付けしてあったっけ。子供たちの得意顔が可笑しかったな笑。

今年はお兄ちゃんが飾ってくれた!

よれっているけど…まぁ、いいか(* ̄∇ ̄*)

いつも、居場所が定まらない、お手製のスノーマンは今年はこんなところに収まりました♪

 


なんだかなぁ

今日は、摩耶の滝遊歩道の清掃活動に参加しました。

寒かった!

けど、私はこういう作業が大好きなので、一人で黙々と集中して作業してしまいます。今日は、剪定鋏を忘れたので、箒仕事しかできなかったのが、心残りです。

私は、女性同士おしゃべりしながら作業したり、男性に話かけたり、気を遣って暖かいお茶を持ってきたり、皆さんにお菓子を配ったり…そういうことができないのです(._.)

話上手で気立てがよい女性が、羨ましいです。

男性など大の苦手で、男らしければらしいほど、固まります。

おばさんになっても、何一つ変わっていない私は、甘えるのも下手だし、人に頼むのなら自分でやる方が楽です。

男女の集まりがあると、いつも、「なんだかなぁ」と思ってしまう。

なんで、可愛いおばさんになれないんだろうか?一般的なおばさんになれないのだろうか?

どちらかと言えば、おじさんに近いような気がします。

「薫子さん、温かいお茶どうぞ。」と可愛い笑顔でお茶を手渡された時、おじさんの気持ちになっていました。

外見だけは、おじさんになりたくないです。

神様どうか私に、可愛らしさを与えてください(。>д<)


決断

仕事でも、私事でも誰かの指示で動く方が楽だとつくづく思う。

きっと、そこには責任が伴わないからであろう。

しかし、自分の生き方は己で決めるしかないのだと思う。

何かを考えるとき、体の何処かを動かすとき、誰かの事を想うとき、己の脳を使っているのだ。

自分を動かすのは、己なのだ。

なにもかも、決断しているのは、自分なのだから…。


自己結論

昨日はギャップなどと、そんなことで片付けてしまったけれども…伝わらないのはやはり私の力不足だったのだと、改めて思いました。

今、ふとそう思ったのです。

長年悩んでいた事に結論が出て良かった。

柏屋に入ってからは、仕事を教えてくれる人は、ほぼいなかったのですから、それまでの経験や知識で手探り状態。

主人はシステムエンジニアだったのですから、サービス業が初めてだったし(._.)

独学ですから、教えるすべがないのです。仲間がいなかったのだから一人仕事と同じですものね笑

ですから、段取りは必須で当たり前。

きっと、そんな私ですから伝え方が下手なのでしょう。真っ直ぐで煩いし細かいからねぇ笑

仕事を何度も確認するし、疑り深いしね。そうやって、自分の仕事をしてきたから人にも厳しいんだろうな…。

やはり、時代に合わないのだと何年も引っ込んでいたのにね。

この前も、酔った妹に言われたっけ「お姉ちゃんは昔から自分に恐ろしく厳しいし、人にも厳しい。」って

社長(主人)がよく言っています。

「従業員が楽しく働ける会社にしたい。そんな旅館やお店ならお客様にも喜んでいただけるに違いないんだ。」

そうだよなぁ…。

それが理想ですよね(’-’*)♪

やはり、煩い私は引っ込んでいます笑

 

 

 


ギャップ

柏屋で働いてくれている一番若いスタッフは17歳の女性。

カフェの店長でさえも、ひとまわり年下であるので私が使う言葉が理解できないことがあるみたい!Σ(×_×;)!

なので…仕事の事についても伝えるのは難しいですよね。

私が様々な努力をして得てきた技術も、彼らにとっては基からあった事なのですから( ̄ー ̄)

例えば、包丁の砥から教わった私ですが、彼らにとっては砥ぐマシーンがある。

冷たい水で、何度も何度も米をとがされた昔とは違い、精米技術も発展して今は無洗米などというものがあったりして。

昭和という時代に急成長を遂げた日本は今やたいへんな事になってきているのを感じます。

誰が悪いわけではないのだけれど、何かを教わって伝えていく作業や、誰かを尊敬して目標にしたりして仕事をしていく事は、なくなるのではないでしょうか?

作業の理由が解らないまま仕事をしていると段取りもつけられないわけですから。

例えば、無洗米しか食べたことがない人や家事をしたこともない人に「米をといでください。」と言っても、一から教えないと、とげないし。米のとぎかたを教えたところで、なぜとぐのかも解らず作業をするわけで(笑)それを説明してから、米をこぼさないようにだとか注意事項やなんだかんだ煩いことをいうとめんどくさいということになってしまうわけで…無洗米にすればいいんじゃないか?なんていうことになる。

まあ、それだって良いわけなんだけれど。地元のお米を使いたいわけであって…。

これは、あくまでも、フィクションですよ。

主人の親戚の叔父さん叔母さんと私しかいなかった柏屋に、若いスタッフが働きに来てくれるようになってから、今までずっと、悩んで来たことです。

誰に教わった訳ではなく、私が仕事をする上、常に心がけてきたことは「段取り」

「段取り」が出来ていないと、だいたいの事は上手くいきません。

これは、いつの時代も変わらないような気がします。

でも、段取りなんていう言葉さえきっと知らないし理解できないでしょうね(/_;)

 


古い建物をできるだけ活かしたい

柏屋カフェも昭和初期の建物をリノベーションしたお店ですが、柏屋旅館も一番古いところは半世紀近く経つのでリノベーションを繰り返しています。

古くなってくると、様々な場所をメンテナンスしなくてはなりません。

人間と同じですよね(笑)

カフェも旅館も、丁寧にメンテナンスしていけば古い部品のまま、長く味がある建物で営業して行けると考えている私なのです。

しかしながら、ありがたいことにカフェも旅館も、連日たくさんのお客様にお越し頂いて、使って頂いておりますのでメンテナンスが追いつかず、お客様に申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。

旅館の襖などもアンティークになってきておりまして(/_;)大広間などの襖は尋常でない回数の開閉で、傷みが酷く、これは新しい襖にしなければいけないし、柱の傷もどうにかしなければならない場所であります。

ともすれ、清掃とメンテナンスを少しずつしていけばお客様に湯治場の雰囲気を味わって頂き、狭いながらも和気あいあいと四万温泉本来の姿を楽しんで頂けると思うのです(^^)d

そんなことで、取り急ぎ旅館のお部屋の襖を和紙で少し補修してみました。素人の私に出来ることはそれくらいしかありませんから…。

地味ですが、大きくても小さくても、数日間の休業がなければメンテナンスは不可能ですので(。´Д⊂)

柏屋カフェも旅館も、丁寧にメンテナンスして、またはリノベーションして、四万温泉と伴に変わらず地味に営業していけたら嬉しい私なのです(*´ω`*)